日本インテリア学会 第33回大会(関西)
JASIS 2021 KANSAI
見学会
10月24日(日)/15:00 ~ 16:30
テーマ
甲子園ホテルをめぐる
- 遠藤新とF.L.ライト-
講師 黒田 智子
(くろだ・ともこ/武庫川女子大学教授)
両岸に緑の松林が続く武庫川からは、やはり松林に挟まれて枝川と呼ばれた支流が流れ出て、鳴尾一帯の田畑を潤しながら甲子園浜に注いでいました。大正12 (1923)年、武庫川樋門の止水により、枝川は広大な線状の大地として、新しく生まれ変わります。そこに甲子園球場(1924)、やがて甲子園ホテル(1930)が建設されたのです。ライト式建築として名高い甲子園ホテル、現在の武庫川女子大学甲子園会館の誕生です。
甲子園ホテルをランドマークに、広大な線状土地は松林を残しつつ良質な住宅地として大規模な開発が進みます。すでに武庫川の堤防が改修され、地域の人々を毎年の洪水から開放していました。さらに、失われた枝川の下を滔々と流れていた湧水を近代の技術力で汲み上げ、周辺農地の灌漑と新開発地の上水道に充てたのです。
それは、大正から昭和への移行にあって、日本が国際社会において方向転換を迫られる時期でもありました。
建築家・遠藤新は、国内外の激しい変化の途上にあって、人々の生活に欠かせない水を永遠の存在として捉え、庭園と一体の迎賓館・甲子園ホテルを構想しました。外部空間には、空から大地へと降り注ぐ豊穣の水の物語が、内部空間には、過去と現在をつなぐ時の流れ起こった生活環境の変化の物語が、かつての川底の緩やかな勾配に沿って表現されています。人々の豊かな暮らしを祈る二つの物語は、特に大宴会場(現在の西ホール)において東西文化融合の物語として相互に重なり合い、そのまま平和の祈りとして未来へと開きます。緑深い松林と南面する池を活かしながら、両手を伸ばして天を振り仰ぐ人の姿に見立てたというホテルは、大地と日本人の両方に刻まれた近代の記憶と、遠藤が願う永遠の理想とを内包しているのです。
尊敬する師フランク・ロイド・ライトの手法を基盤に、愛弟子であった遠藤新が創り上げた建築表現は、他者への慈愛の世界観に貫かれているといえるでしょう。甲子園ホテルがもつ格調高い装飾性と温もりある構成美を、時空を超えてしばし共に読み解きながらお楽しみ頂きたいと思います。